2017年

2月

27日

地域で男性が幸せに暮らすすべを考える Vol.2

 

「地域で男性が幸せに暮らすすべを考える」の第2回目が終了しました。今回の話題提供は「ヘルシーカフェのら」の厨房ボランティアの重川治樹さんです。 

 

重川さんは201512月、71歳のときに上野の池之端からのらの2Fのアパートに転居してきました。19447月に田園調布で生まれ、1945年の山の手大空襲で罹災し品川区の御殿山に転居した体験を持つ戦争の影響を受けた世代。これまでに14回の転居を経験したとのこと。 

 

毎日新聞の記者35年、フェリス女学院大学の非常勤講師10年を経て、第3のステージを送るべきのらのある鹿手袋(さいたま市南区)にやってきました。35年の記者生活で体は満身創痍、胃がんで胃を半分摘出し、タバコの吸い過ぎから喉もやられているといいます。 

 

裁判3回、離婚1回、父子家庭の経験からの出版3冊と波乱万丈の生活を送ってきました。父子家庭をテーマにした書籍は男たちにとってはショッキングな内容でした。女たちにおんぶにだっこで生きてきた男たちは、女性に学びながら、生活を実体験して生きていく必要があるということを訴えたものでした。また、シャンソン歌手3人の追っかけをしており、これは人生の歓びになっているとのことです。

老後になればもちろんお金も必要ですが、重川さんが幸せになるための3条件としてあげるのは、 

   住みなれた地域で、

   意思疎通できる人がいて、

   無償ボランティアでも、有償でも何かしら仕事があること

です。

 

上野での生活ではこの3条件は充たされなかったといいます。

 

上野のマンションでは7年間管理組合の理事長を務めました。マンションの住人通しは仲はよかったが、所詮はそこまでの付き合い。何か通り一遍でよそよそしい人間関係だったといいます。 

 

また、老年になると仕事がないとうことも実感したとのこと。そこで、この3条件を求めて、第3のステージを送るべく鹿手袋にやってきたわけですが、今の暮らしはこの3条件を充たしているとのこと。 

 

毎朝、近所の別所沼公園の周りを2周すると2㎞のウォーキングになり、のらの厨房や隣のBABAラボに関わる女性たちと交流し、様々なことを教わったりおしゃべりをする。のらでの掃除、皿洗い、野菜の皮むき、配膳をする日々ですが、ここから先どんなことになるかは本人の心がけ次第といいます。 

 

単身の高齢者の暮らしの現状はとても厳しいものがある。重川さんの場合は、厚生年金があるうえで、上野の池之端のマンションを賃貸し、のらの家賃との差額を生活費に充当できるからまだよいが、例えば、国民年金だけではとても厳しいものがあります。 


重川さん自身も将来の生活設計の中でホームヘルパー2級を取得したとのこと。車椅子介助、食介助、おむつ交換、入浴介助をひととおり学んだなかで、お年寄りの介護は一つ間違えると命に関わることを実感したといいます。 

 

ホームヘルパーに興味を持ったのは、新聞記者の取材はその時だけの通り一遍のものであり人間の本質的な部分に触れたかったこと、また、自身の親が早く亡くなったため親の介護がないことがきっかけだったとのこと。 

 

しかし、いざ関わってみると介護はとてつもない仕事だったといいます。シーツ交換一つとっても、褥瘡の原因となる床ずれを防ぐためにはシワがあってはいけないこと。車椅子の押し方も一つ一つルールがあって、高齢者の身には難しかったとのこと。 

 

ある時福島県の特養で実際に働いてみないかという薦めもがあったといいます。自分としてはやってみようかという思いもあったが、年齢が70歳であること、腰痛の持病があること、夜勤があり夜勤時は1人で30人の対応をしなければならないことから、御長男の反対もあり断念したとのこと。 

 

その後、ホームヘルパー2級を取得していたことから、都から資格保有者に対する再研修の機会があり、そこで初めて身体介護の実習を行ったとのこと。男性ならまだしも、女性おむつ交換もありうるという話しがあり、その手順についての説明を受けて自分には難しいと感じたとのことです。 

 

また、台東区のシルバー人材センターにも行ってみたとのこと。1か月に何回か短時間ならばOKとのことだった。しかし、襖の張り替えなど手に職があればよいが、その他は公園の清掃や草むしりなどは数がすくないために奪い合いとなる。社協の助け合い事業も3回くらいやったが、家の中での簡単なお手伝いで1時間300円だったとのこと。

上野にはマンションが多く、チラシのポスティングの仕事は月34万円にはなるが、マンションの管理組合の理事長をやっていたため、顔見知りも多くなかなかできなかったとのこと。また、リバースモーゲージなども検討したこともあったが、最終的には資産を失うことになるため、それも現実的にはなかなか難しかったとのこと。

以上のようなことから、結局はマンションを賃貸し、のらの2Fに転居したとのことです。

年金収入は2か月に1回定額が振り込まれるが、支出の方は不定期の出費が続く。病気、外食、冠婚葬祭などがあり、実を引き締めてかからないとたいへんだといいます。一人だけの食事はどうしても不経済になり、栄養のバランスも崩れる。その点、週2回(水曜と土曜)、のらでボランティアをしてまかないを食べられることは、心身ともによいとのこと。

一人暮らしの男性が生きていくのは大変である。男はあいさつができない。男同士の場合、相手の社会的地位が上か下で判断し、相手の社会的地位が低いとみるやあいさつなどしないというようなところがある。あいさつができないと、ゴミ出しも億劫になり閉じこもってしまう傾向にある。このため、早い時期から生活の訓練をする必要があるといいます。 

 

重川さんは新聞記者を定年退職し、フェリスの非常勤講師が始まるまでの2週間の時期に、これを逃したらでいないというタイミングで、56日で四国のお遍路さんを体験したとのこと。きっかけは松本清張の「砂の器」だったが、この体験で人生観が変わったといいます。

重川さんの話を聞いていると、新聞記者はまさに好奇心のかたまり。様々なことに関心をもって、一つ一つ臆せず体験しようという姿勢が重川さんの暮らしを豊かにしているように感じました。

「地域で男性が幸せに暮らすすべを考える」。次回(第3回)は、35日(日)に開催します。次回の話題提供は、大家小峰が行います。毎度毎度の日曜日の午後ですが、お時間があったらぜひご参加ください。

詳細はコチラです。ドタ参加大歓迎です。お待ちしています。